会社の枠を超え、産官学で超ハイテンに立ち向かえ! 研究室と製造現場を結ぶことで初めて可能になったシミュレーションには、協和工業の汗と涙の歴史が隠されていた──。
その頃、私は塑性加工が専門といってもプレスではなく鍛造を研究していたのですが、当時のボスだった中村保先生を通じて地元のプレスメーカーの窮状は知っていました。そこで、中村先生の音頭の下で「はままつ超ハイテン研究会」の前身となる取組みが始まった時、“数値解析”いわゆるシミュレーション技術を中心に参加させていただくことになったのです。
数値解析は、「はままつ超ハイテン研究会」でも、主要テーマのひとつに挙げられていますね。
これまでプレス加工を含む日本の製造業の現場では、いわゆる匠の技によって技術が高められ、継承されてきました。しかし、先ほど諸橋さんも仰っていましたが、超ハイテン時代には、その方法だけでは通用しません。そこで、金型の中で材料にかかる力や、厚みや温度の変化など、これまでは出来上がった製品から推測するしかなかった、『金型の中で起きていること』を知り、工程設計の段階からその知見を盛り込むことで、従来の設備でも超ハイテン材に対応できるのではないかというのが、研究の原点でした。
大学単独ではなく、産学官共同で研究を進めることの意義やメリットは何でしょうか。
私の立場で言えば、やはり、大学の研究室だけでは得られない『ホンモノのデータ』を蓄積できることですね。実際の製造現場では工具の摩擦や、機械の性能差、プレス時に実際はどこまで金型が降りているのかといったようなわずかな揺らぎがあります。その小さな誤差が、シミュレーションの精度に影響してくるんです。
たとえば、ハイテン研究会には協和工業さんが中心になって実践的な解析技術の研究を行っている『成形部会』というものがあるのですが、そこでは使われなくなった金型を活用して各社が解析コンテストを行っています。これが面白いことに、同じ金型を使っているにも関わらずさまざまな数値が出てくるんですよ。それはプレス機のわずかな違いや工具の減り具合、金型と材料間の摩擦など、まだシミュレーションで定義できていない細かい条件の積み重ねなのですが、こうした“揺らぎ”を検証することで、幅広い現場環境に対応する、本当に役立つシミュレーション技術を磨き上げることができます。
その金型は協和工業が提供していると聞きましたが、自社の金型を今さら研究しても、あまり得られるものはないのでは?
いえ、それは逆です。むしろ当社が一番恩恵を享受しているかもしれません。というのも、私たちはその金型で量産まで行っているわけですから、製品を作るときにどんな課題があるか、通常のやり方ではどんな問題が起こるか知り抜いています。ですから、シミュレーションで得られる知識や経験が全部、腑に落ちるんですよね。あの時失敗したのはこういう理由だったのか、とか(笑)。
その失敗の歴史というものも、研究室の中だけでは得られない貴重なものですよね。特に初期の頃は、起こる現象に対してトライ&エラーで対処していくしかないという状況の中、諸橋さんの過去の経験に照らし合わせることで無駄な遠回りを回避できたことが多々ありました。手探りだった研究会の方向性を指し示してくれた協和工業さんには、深く感謝しています。
超ハイテン研究会では、今後どのような活動を行っていく予定ですか?
冒頭で述べたように、自動車における超ハイテン材の使用比率は年々高まっています。これからは超ハイテンがスタンダードという時代に備える必要があるでしょう。当研究会でも加工技術そのものにはかなり自信を持てるようになってきましたので、これからの研究会の方向性としては、金型の寿命をいかに伸ばすかといった、より実践的な研究を進めて、“超ハイテンに強い静岡県西部エリア”を確固たるものにしていきたいですね。
かつて、日本の産業界に大きな変革をもたらしたプレス技術。早川教授と諸橋取締役、ふたりの“達人”は、プレス技術にどんな魅力を感じているのだろうか。プレス技術だけでなく、ものづくりに興味がある人は必見だ。
これからも県西部のプレス技術を牽引していかれるであろうお二人ですが、プレス技術の魅力とは何でしょうか?
プレスって、ものが生まれる一番先頭にある技術のひとつなんですよね。何万という部品、何百という工程でできている自動車も、それを構成するプレス加工のひとつ前に目を向けるとただの板材、素材になってしまう。板材を加工するプレスは、それが複雑な製品であれシンプルな製品であれ、ものづくりの第一歩なんです。
ものづくりの原点である、“かたちをつくる”魅力ですね。
そうですね。ただ、なかなか思い通りにいかないところに、私はプレスの面白さを感じるんですよ。プレスは材料と相談して力を加えながら、求める機能を持った形をつくっていく必要があります。トランスファープレスの金型などを見ると一目瞭然ですが、プレスは複数の工程を経て材料をだんだん製品の形に近付けていきますよね。そのひと工程ひと工程に、技術者のアイデアとノウハウが詰まっているんです。
ものづくりの第一歩、という話で思い出しましたが、1960年代から自動車の生産が大きく伸びて、これまでの部品の作り方ではその増産に対応できない状況になったといいます。今までは月1万個作っていた製品を、来年には10万個まで増産しなければいけない、というような状態だったようです。そこで大きく発展したのが、優れた品質の部品を大量生産できるプレス技術だった。今、世の中にこんなクルマが走っているのは、間違いなくプレス技術のおかげです。
当社にも、そんな世の中にとって重要な技術に関わっている、自分の携わった製品が自動車の一部になって世界中を走っている、そういった部分にやりがいを感じている社員は多いですよ
ものづくりの魅力という点ではいかがでしょうか? 先程、諸橋さんはプレスはものづくりの第一歩と仰いましたが、技術者の方にはゴール側、つまり完成品をつくりたいという方も多そうです。
設計を志す人って、始めはそう考えることが多いですよ。かくいう私も、かつては某社で完成品に近い仕事をしていましたし(笑)。でも、だからこそわかるんですが、自動車やバイクのように膨大な部品点数のある製品は分業が進んでいて、図面を引く人はずっと図面を引いているし、さらにエンジンとか電装とか設計対象も細分化されていて、意外に“もの”をつくっている実感がない。
特に、学生がそういった企業の仕組みや実態を理解するのは、なかなか難しいですね。私たちもハイテン研究会などの機会を通じて学生がなるべく企業の実態に触れられるように取り組んでいますが、どうしても限界はあります
プレスの工程設計なら、自分が設計した金型で打った製品を手に取ることができるし、やがてはそれが量産に移されて世の中に貢献する姿を見ることができる。うちは金型設計から量産まで一貫生産していますので、ものづくりの醍醐味はより大きいんじゃないでしょうか。その分、苦労も多いですけれど(笑)。
その苦労の部分も、技術者にとってはやりがいにつながるものではないんですか?
試行錯誤の結果が製品の品質となってはっきり返ってきますし、成功も失敗も、すべての経験が自分の中に蓄積されていきますので、常に手応えを感じながら仕事に向き合える。そんなところが、やりがいにつながっているんじゃないでしょうか。また、当社の社員の話を聞いていると、設計者だけでなく、量産を担当する者や品質を確認する者、プレス機のオペレーターに営業も加えて、たくさんのスタッフと一緒にひとつのゴール=製品の完成を目指すという、チームプレーの喜びを感じている人も多いようですね
この記事を読んでいる方の中には、これからプレス技術の世界を目指すという人も多いと思います。
プレス技術の達人・先輩として、お二人からメッセージをいただけますでしょうか。
先ほど触れたモータリゼーションとプレス技術の話に戻りますが、当時の産業界にとって、プレスの登場はものづくりの大きな転換点でした。
まさにイノベーションですね。
そう、革新的な技術です。カーボンファイバーのような新素材の進化はこれからも進むでしょうが、超ハイテンが示すように鉄の進化も止まっていません。だから、その代表的な加工技術であるプレスにも、そろそろ次のイノベーションが必要だと思うんです。これからプレス技術の世界を目指す人には、そういう大きな視野、目標を持って、この世界の扉を叩いて欲しい。
プレス加工は、ものづくりの中でも非常に身近な製品に使われる技術です。資源の少ない日本は、これからも技術力で勝負し続けなければなりません。材料を仕入れて、それを加工して売るというのは、日本の基本的な経済政策なわけです。ものをつくらないと日本は豊かになれない。それを支える根幹技術のひとつが、プレス技術だと考えています。
そうですね。特にこの静岡県西部という地域は、世界的な企業が集結していて、世界ナンバーワンという技術やブランドもたくさんある。そんな地域は日本中を見渡してもなかなかない。この日本でものづくりに従事する人は、国内だけを見ていてはダメです。地域に愛着をもって暮らしながら世界を相手にすることができるというのは、この静岡県西部という地域の大きな魅力でもありますよね。この地から、ともにものづくりの根幹に関わる技術を高めていく仲間が加わってくれると嬉しいですね。
協和工業も、プレス技術により誇りを持って、次世代のモータリゼーション、次世代の日本のものづくりに貢献していきたいと思います。
本日はどうもありがとうございました。
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